電気自動車「たま(TAMA)」終戦後の日本に?価格は?性能は?

歴史

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初耳です。終戦直後の日本に電気自動車があったなんて…。その名も…たま(笑)!かわいらしい…というか、純和風…というか…。一体どんな車だったのでしょうか?

開発に至る経緯

何ともかわいらしい外観。。。今でも売れるのでは?と思えるほど。一体どのような経緯で開発されたのでしょうか?

「たま」は、戦前の立川飛行機から派生した「東京電気自動車」が開発した電気自動車です。 このクルマが登場した1947(昭和22)年当時の日本は、終戦直後で物資や食糧だけでなく、深刻な石油不足に見舞われていた 一方で、家電製品はほとんどなく、主要な工場は破壊されて大口電力需要者もなかったため、電力の供給は余剰気味でした。この状況下で政府も電気自動車の生産を奨励した結果、市場には新興自動車メーカーの電気自動車が多数存在しました。

戦後は電力の供給だけが余剰気味だったんですね。

その中で「たま」は、第1 回電気自動車性能試験でカタログ性能を上回る航続距離96km、最高速度35km/h というトップの性能を記録して注目を集め、1951(昭和26)年頃までタクシーな どで重宝されました。型式名E4S-47 I 型は、E は電気、4S は4 人乗りセダン、47 は年式、I 型は初期型の意です。

「カタログ性能を上回る」って…いまではありえない!かなり盛りますからね、ふつう(笑)

なお、「たま」のブランド名は工場のあった多摩地区から命名され、ホイールキャップにも「たま」の文字をかたどったロゴが読み取れます。

…あっそっちね。。。犬の方じゃなくて…。にしても、「たま」の文字はおしゃれだなぁ。

生産台数と短すぎる活躍期間

一体どれくらい生産されたのでしょうか?あと、あまり長くは続かなかったような気が…。

戦後はガソリン不足と、比較的簡単に造れることから、多くの電気自動車が出現したが、量産されたのは、1947年~1951年に1099台の乗用電気自動車を生産した「たま」であった。

…1099台。。。当時の状況としては多かったのでしょうか?わずか4年間というのも気になります。


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1950年に勃発した朝鮮戦争で日本経済は特需に沸くが、戦略物資である鉛の価格が10倍近く暴騰、バッテリーも高騰した。一方、ガソリンは米軍から大量に放出されたため、電気自動車は完全に息の根をとめられた。

…昔も今もアメリカ次第なのですね。。。下の動画、日産リーフとの並走シーンは鳥肌もんです。

 

現在、ハイブリット者を所有しています。将来的には電気自動車にシフトしていくのだと予感しています。その時にはどんな自動車が存在しているのか楽しみです。

横浜で展示されているみたいですね。今度見に行きたいと思います。

 


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